Ftarri / Hitorri

徳永将豪

while your master is sleeping

CD
hitorri-977
限定200部
2020年12月13日発売
価格 1,500 円 + 税
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作曲:杉本拓 (2020年)

徳永将豪:アルト・サックス
浦裕幸:サイン・トーン


  1. (34:20)
  2. (25:55)

    mp3 excerpt: track 1
    mp3 excerpt: track 2

これまであまり語られてこなかったり、つながりが見えてこなかったようなふたつの事柄の関係を考察することで何かが見えてくることがある。

以前、渡欧する際に飛行機の中で何か読むものが欲しいと思い、成田空港内の本屋で一冊の本を購入した。『フェルマーの最終定理』 (サイモン・シン 青木薫訳 新潮文庫) である。この本は特別な数学の知識がなくても読めるドキュメンタリーであり、内容は殆ど忘れてしまったが、「フェルマーの最終定理」とはこれまで無関係と思わていた、志村五郎による「谷村−志村予想」 (これを数学的に理解し説明することは私にはどう考えても無理である) がフェルマーの定理の証明への重要な鍵になったというくだりには興奮した。「谷村−志村予想」を証明することが「フェルマーの最終定理」の証明に直接繋がったと書いてあったのであるのだから。

また、『能の見える風景』 (多田富雄 藤原書店) で、著者の多田 (彼の専門は免疫学である) は創造的 (研究) とは何かについて、「それは無から有を生じることではない。アメリカの心理学者、S・アリエッティによれば、『これまで結びつかないと考えられた事物を、結びつけることに成功したこと』を言う。『成功』とは、それが他の研究者に影響を与え、考えを変革することを言う。芸術なら感動を与えることである」 (p 99) と述べている。

私の場合はこうである。もう6年ほど前になるだろうか、デンマークからやってきた友人のシモン (Simon Roy Christensen) が古琴 (guqin) という、古代中国で使われた弦楽器を見せてくれた。チューニングは低い弦からC、D、F、G、A、C、Dで、なるほど、これらの開放弦はピタゴラス音律で調弦するのだな、と私は思った (譜1)。事実そうなのだが、この楽器のボディには弦の全長を八分割、六分割、五分割した位置に、勘所となる目印がついており、そこを押さえて弾いたり、軽く指を触れてハーモニクスを出したりするという事であった。六分割では弦長の5/6 (開放弦の短三度上の音)、八分割では5/8 (開放弦の短六度上の音) を押さえて出る音程がピタゴラス音律にはないものである [ハーモニクスでは、六分割は開放弦のオクターブ上 (3/6 =1/2)、オクターブと完全五度上 (1/3)、二オクターブと完全五度 (1/6)、八分割は一オクターブか二オクターブか三オクターブ上の音が出る]。五分割から生まれる音程はすべてピタゴラス音律にはないものだ。弦の全長の4/5、3/5、2/5、1/5分を弾いた時の音高はそれぞれ、開放弦の長三度上 (5/4)、長六度上 (5/3)、一オクターブと長三度上 (5/2)、二オクターブと長三度上 (5 /1) の音になる。ハーモニクスで出る音はすべて二オクターブと長三度上 (5/1) だ。*1 最も音が低いCの弦である第七弦の3/5を弾くとAになるが、これは27/16である三弦の開放弦の音と音高がわずかに異なるのである。これは五弦のFの4/5を弾いた音と理論上は同じになる (ピタゴラス音律の長三度は81/64) で。このように5分割の勘所からはピタゴラス音律ではない音が幾つも生まれるのである。

上記のことは大変興味深く、私の作曲に影響を与えて来た。だが、私の「発見」は別のところにあった。それは古琴の開放弦の音の並びである。日本の音楽の音階には、主に雅楽や声明に用いられる律音階と民謡やわらべ歌に用いられる民謡音階とがあり (他には都節音階と沖縄音階があり、この二つの音階には半音が含まれる)、古琴の七弦から二弦までの音の並び (C、D、F、G、A、C) が律音階で、六弦から一弦までの並び (D、F、G、A、C、D) が民謡音階になっているのである。しかし、これはたいした発見ではないのかもしれない。まず第一に、古琴の開放弦においては、オクターブを無視すれば構成音は同じであり、違いは何であるのかということ。これに関しては後述する。第二に、日本の音楽には様々な音階を結合したものが少なからずあること。しかし、ひとつの楽器のチューニングにふたつの音階が重なっている (と解釈できる) ものを私は見たことがない。第三に、実際の古琴が奏でる音階は五分割の音が含まれているので、律音階と民謡音階の結合どころか、ピタゴラス音律と5リミット純正律が混淆したものだろうからである。そして、そのことによって日本の音階から遠ざかってしまうのである。*2 だが、私は研究者ではない。最初は、律音階と民謡音階はもともとひとつだったのではないか、という仮説をもとに「ありえたかもしれない (日本) 音楽」を作ろうと長年考えていた。だが、古琴の開放弦の音階を中心にしながらも、その音階の一部の音を別の整数比音程に入れ替え、また違う音を加えることで、律音階、民謡音階、よくわからない音階が入り混じった音楽を作ろうと思い立ったのである。古琴の音階はピタゴラス音律と5リミット純正律の混淆。今回の私の作品は律音階や民謡音階と7リミット純正律の混淆である (5由来の音は使っていない)。

徳永が吹くサックスは古琴の開放弦の音階と同じであるが、その音域は彼のサックスを実際に聴いて決めた。サイントーンも七つの音高しか使われないが、サックスが出さない音高がふたつあり、サックスにもサイントーンが出さない音高がふたつある (譜2)。7リミットの純正律の音にしたのは、サックスではオクターブ離れたG、サイントーンではFとBで、短三度の音程を狭くし長二度を広くするという意図があった。FとBの音程は律音階にも民謡音階にも含まれない。これらの音程はサックスが奏でる律/民謡音階を脱臼させる意図を持つ。日本の音階には核音というものがあり、西洋音楽の主音 (トニック) のような働きをする。律音階の核音は、今作の音程で言えばGとD、民謡音階のそれはAとDで、この核音の違いがふたつの音階の違いとなっている。とは言うものの、民謡音階はともかく、律音階というのは私の音感に正直あまりなじみがないものである。なので、あえてサックスの旋律は、楽器を使わず、核音も意識せず、すべて頭の中で作ったものであるが、民謡音階らしさはあるが、律音階を彷彿させることは殆どない。サイントーンの音程で重要度を与えたのは律音階の核音のひとつであるGと律音階とも民謡音階とも関係ないBで、これがサックスの旋律と混ざることで、律と「よくわからない」音階を表出させるという一石二鳥を目論んだわけなのだが、たぶん鳥は一匹しか撃ち落とすことが出来ていないだろう。それはよくわからない鳥の方である。

しかし、私にはさらに別の目論見があった。それは差音である。差音というのは二つの周波数の差の音が聞こえるという現象で、例えば今回の音程で説明すると、770 HzのGと660 Hzの差音は110 HzのAになる。また差音は倍音成分が少ない音の方が聞こえやすいという。サイントーンはもちろん倍音を発生しない。そして徳永のサックスも高次倍音の成分が少ない。しかも、使っている音域も高めである (経験上、高い音どうしの方が差音が聞こえやすいことが多かった)。サックスの微分音の指定はあくまで努力目標値である。ふたつの音の協和度が高いというのは、例えば基音と3/2の場合、基音の第三倍音が3/2の第二倍音が一致することを意味する。この倍音がずれ始めると唸りが激しいものになっていく。今回の作品ではこうした倍音どうしの干渉が起こるのを極力避けるようにした。音程の協和度をオクターブ以外は捨てて、差音を優先させたということだ。唸りが起こりうるのは、7/8 (G)、1 (A)、33/27 (C)、7/4 (G)、2/1 (A)というサックスとサイントーンがユニゾンになる可能性のある音程である。これらの内、7/4 (G)と2/1 (A)はサックスの7/8 (G)と1 (A)の第二倍音 (一オクターブ上) であるので、その倍音とサイントーンによって唸りが生じえる。もちろん、サックスからは第三倍音以上も出ているだろうが、それらは全てサイントーンの最高音の上にあるので、唸りとは無関係になる。だから今回の録音でも、唸りが生じているのはサックスとサイントーンが上記のようにユニゾンかオクターブの関係にあるときだけである。

サックスは a から p まで、サイントーンは a から s までの旋律があり、a が最も長く ps が最も短い。それぞれの奏者はこうした旋律を好きなオーダーで演奏していくのであるが、ひとつの旋律を奏し終わったら、それと大体同じ時間休まなければならない。今回の録音では、サイントーンのオーダーは私がチャンス・オペレーションで決めた。そして音をところどころポルタメントさせている。一方で徳永は上から下、あるいは下から上へと順番で吹いていた。 (杉本 拓)


*1 ある開放弦の弦長の4/5を押さえて出る、開放弦に対する音程はその逆数、すなわち5/4になる。ハーモニクスの場合はギターを例にするとわかりやすい。まず1/2のハーモニック・ポイントは12フレット上にあり2/1、1/3は7フレット上で3/1、1/4は5フレット上で4/1、6/1は3フレット(より少しブリッジより)上で /1になる。これらのハーモニック・ポイントは12フレット上を中心にしてブリッジ側の対称的な位置にもある。1/5は9フレットと4フレット上、およびその対称地点にあるが、オクターブのところにハーモニック・ポイントがないので、すべて5/1になる (ただし音色がやや異なる)。これらの整数比で示された音程を一般的な音程や音名にする方法を書くと長くなってしまうので、一番簡単な方法を少しだけ書く。それは倍音列を憶えることである。例えば3/2は第二倍音と第三倍音の音程と同じである。ギターでは12フレットのハーモニクスと7フレットのハーモニクスの音程である。

*2 ただし、都節音階と沖縄音階は半音を含むので5リミット (あるいはそれ以上の) 純正律なのかもしれない。



1982年生まれ、東京在住の徳永将豪は、唯一無二の個性的な演奏を聴かせるアルト・サックス奏者 / 即興演奏家。Hitorri レーベルから、『Alto Saxophone 2』(2015年) と『Bwoouunn: Fleeting Excitement』(2017年) の即興演奏を収めた2枚のCDをリリースしている。次のソロ・アルバム制作にあたり、徳永は作曲作品に挑む計画を立てる。かくして、徳永は杉本拓に作曲を依頼することとなった。

ギター奏者の杉本拓は長らく作曲活動も続けてきて、現在では、欧米を中心に実験 / 即興音楽シーンにおける重要な作曲家のひとりと目されている。徳永の依頼を受けた杉本は、まず日本の音楽の音階に目を向け、その考察を踏まえたうえでアルト・サックスとサイントーンによる作品を書き上げた。さらにこの作曲では、差音 (ふたつの周波数の差の音が聞こえる現象) も杉本の目論みのひとつとなっている。

2020年7月27日、杉本立ち会いのもと、徳永 (アルト・サックス) はサイントーン担当の浦裕幸とともに、Ftarri で客を入れずに録音をおこなった。こうして生まれた約1時間の演奏は34分と26分の2曲に分けて、本CDに収録。全編、素朴で飾り気のない演奏が静かに続くが、そこに作曲における杉本の狙いと徳永の新たな挑戦への覚悟さえも聞こえてくるようで、非常に興味深い。杉本の手による長文解説 (日本語と英語) 付き。


Last updated: December 13, 2020

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